「痰がごろごろしているのに、うまくひけない」「吸引のタイミングや回数がわからない」在宅で重症心身障害のあるお子さんを介護するご家族から、こうした声をよく耳にします。
吸引は、呼吸を守るために欠かせない医療的ケアです。
しかし、正しい方法を知らないまま行うと、お子さんへの負担や感染リスクにつながることがあります。
主治医・訪問看護師から個別に指導を受けたうえで行うことが必須ではありますが、方法をしっかり理解しておけば、在宅でも安心して継続できるケアです。
この記事では、重症心身障害児の吸引ケアについて、在宅で行う方法・タイミング・注意点・よくあるトラブルへの対処法までをわかりやすく解説します。
デイサービスや訪問看護など、周囲の支援も受けながら、ご家庭でのケアにお役立てください。

監修者:坂東 知子(ばんどう ともこ)
経歴
大阪急性期総合医療センター 救急病棟にて12年勤務。
実績
令和2年に「こどもデイサービスさくら」を設立。
現在は3事業所を運営し、これまでに50名以上の医療的ケア児・重症心身障害児の支援に携わる。
資格・専門
看護師・保育士
専門分野
・医療的ケア児支援
・重症心身障害児支援
・在宅医療・在宅ケア
・小児看護
重症心身障害児に吸引ケアが必要な理由

参照:photoAC
重症心身障害児の多くは、筋緊張の調整が困難・嚥下機能の低下・体幹の変形などにより、自力で痰や唾液を外に吐き出す(せき出す)ことが難しいです。
痰や唾液が口の中・のど・気道に貯まったままになると、以下のリスクが高まります。
・誤嚥性肺炎:貯まった分泌物が気道や肺に流れ込んで炎症を起こす
・呼吸困難:気道が塞がれて呼吸がしにくくなる
・SpO2(血中酸素飽和度)の低下:酸素が十分に取り込めなくなる
こうしたリスクを防ぐために、口・鼻腔から分泌物を取り除く「吸引」が日常的なケアとして必要になります。
吸引の種類と対象部位

吸引には、主に以下の2種類があります。
口・鼻腔吸引
口または鼻の入り口から咽頭(のどの手前)あたりまでを吸引します。
在宅で最もよく行われる吸引の方法で、気管切開をしていないお子さんにも対応できます。
重症心身障害児は唾液や鼻汁の分泌が多く、口・鼻腔内に貯まりやすいため、こまめなケアが必要です。
気管内吸引
気管切開をしているお子さんに対して、気管カニューレから直接気管内の分泌物をひく方法です。
気道の奥まで吸引するので、感染予防・粘膜損傷を防ぐために、より清潔な操作が求められます。
気管内吸引についての詳細は主治医・訪問看護師から個別に指導を受けましょう。
吸引を行うタイミング|こんなサインを見逃さないで

参照:photoAC
吸引は「決まった時間に必ずやる」ものではなく、お子さんのサインを見て判断することが基本です。
以下のような状態が見られたら、吸引のタイミングです。
・痰や唾液がたまって、ごろごろ・ゼコゼコとした音が聞こえるとき
・呼吸時にゼーゼー・ヒューヒューといった異物の音がするとき
・顔色が悪い、唇の色が青っぽい(チアノーゼ)とき
・SpO2モニターの数値がいつもより低下しているとき
・口の中に唾液が貯まっているのが見えるとき
逆に、必要がないときに何度も吸引すると、のどや鼻の粘膜を傷つけたり、お子さんを必要以上に苦しめることになります。
「音を確認してから吸引する」というのが基本姿勢です。
口・鼻腔吸引の手順

参照:photoAC
準備するもの
・吸引カテーテル(サイズは年齢に合わせて選択)
・吸引器
・消毒綿
・通水・洗浄用の水(水道水、または病院から指定された精製水など)
・カテーテル保管容器
吸引カテーテルのサイズの目安
(あくまで目安です。その子に合ったものを使用しましょう)
| 年齢 | サイズ |
| 0〜1歳 | 6Fr |
| 1〜2歳 | 6Fr、8Fr |
| 2〜12歳 | 8Fr、10Fr |
| 12歳以上 | 8Fr、10Fr |
上記のサイズは一般的な目安です。
実際にお子さんに使用するサイズや吸引圧は、必ず主治医や訪問看護師の具体的な指示に従ってください。
本記事の情報だけで自己判断せず、かかりつけの医療機関の指導を最優先にしてください。
吸引の手順
STEP 1|石けんで手を洗う
吸引前は必ず手洗いを行います。
清潔な手でケアを始めることが感染予防の基本です。
STEP 2|呼吸を観察する
吸引前に、お子さんの呼吸の状態・呼吸音を確認します。
胸に手を当てて痰の振動がないか確認するとよいでしょう。
STEP 3|吸引器を準備する
吸引カテーテルを吸引器の接続ホースに接続します。
吸引器のスイッチを入れ、カテーテルの根元を折り曲げて吸引圧(目安は-15〜20kPa)がかかることを確認します。
STEP 4|カテーテルを挿入する
利き手でカテーテルの先端から10cm程度のところをペンを持つように持ち、もう片方の手でカテーテルの根元を持ちます。
※持つ位置は体の大きさや敏感さなどによって異なるため、医師や看護師などの指示に従ってください。
カテーテルの根元を折り曲げた状態で、ゆっくり口・鼻腔に挿入します。
・口から挿入する場合:口角から内壁を沿わせるように入れると、刺激が少なくなります。
・鼻から挿入する場合:鼻孔から数cm挿入したら、喉に向かって方向を変えて進めます(上方向に進めると痛みが出るため注意)
STEP 5|吸引する
咽頭の手前(のどの入り口あたり)まで挿入できたら、根元を押さえていた指を離して吸引圧をかけ、ゆっくりカテーテルを引き抜きながら鼻汁や痰を吸引します。
1回の吸引時間は10秒以内を目安にします。
1回で吸引しきれない場合は、お子さんの呼吸が落ち着いてから再度行います。
STEP 6|後処理をする
カテーテルの外側を消毒綿で先端に向かって拭き取ります。
その後、水道水(または病院から指示された精製水など)をカテーテルで吸引し、カテーテルと接続ホースの内腔を洗い流します。
吸引器のスイッチを切り、カテーテルを容器の中に保管します。
吸引のときに気をつけたいこと

参照:photoAC
食後の吸引には注意する
食後や栄養注入後に吸引を行うと、嘔吐を誘発することがあります。
吸引は食前または食後しばらく時間をおいてから行うことを意識しましょう。
吸引時間・回数を守る
1回の吸引時間が長すぎると、お子さんが低酸素状態になるリスクがあります。
10秒以内を目安にし、1回で取り切れない場合はいったん休んでから行います。
モニターの数値を過信しない
SpO2モニターの数値は目安ですが、過信は禁物です。
「いつもと違う」と感じたら実際にお子さんの顔色・呼吸の様子を確認することが大切です。
声をかけながら行う
吸引は不快感を伴うケアです。
「これから痰をとるよ」と声をかけながら行うことで、お子さんの緊張を和らげ、信頼関係を築くことにつながります。
カテーテルを清潔に保つ
カテーテルは1日1本を目安に交換します。(本数が限られている場合は病院や医師と相談してください。)
保管容器に入れた水道水(または病院から指示された精製水など)も毎日交換し、容器自体も毎日洗います。
カテーテルに痰や水滴が残ったままにすると細菌が繁殖する原因になるため、内腔を清潔に保つことが重要です。
よくあるトラブルと対処法

参照:photoAC
鼻腔から出血した
カテーテル挿入時に鼻の粘膜を傷つけた可能性があるので、吸引をいったん中止します。
出血した側の鼻腔は避け、次に吸引する際は反対側の鼻腔から行うようにします。
出血が止まらない場合は鼻翼を押さえて止血し、改善しなければ医療機関に相談しましょう。
吸引中に嘔吐した
誤嚥しないよう、すぐにお子さんの顔を横に向けます。
口腔内の吐物を吸引で取り除き、顔色・呼吸の状態を確認します。
繰り返す場合は吸引のタイミングや手順を見直しましょう。
吸引中に顔色が悪くなった
吸引を中止し、呼吸の状態を確認します。
安楽な体位をとらせ、それでも顔色が改善しない場合は受診を検討します。
痰が硬くて取りにくい
気道が乾燥している可能性があります。
吸入(ネブライザー)を行って気道を十分に加湿してから吸引すると取りやすくなります。
部屋の湿度管理も意識しましょう。
痰の色がいつもと違う
・赤色・血液が混じっている:鼻腔・口腔・気道のどこかから出血している可能性があります。
少量であれば様子を見ますが、大量の場合は速やかに受診します。
・黄色・緑色:感染を起こしている可能性があります。
体温を測り全身状態を観察し、異常があれば受診しましょう。
気管切開をしているお子さんの吸引で特に注意すること

参照:イラストAC
気管内吸引は、口・鼻腔吸引と比べてより高い清潔操作が求められます。
気管の中は本来無菌に近い環境のため、不潔なカテーテルでの吸引が感染(肺炎など)の直接原因になります。
・カテーテルが周囲のものに触れないよう、清潔を保つ
・吸引カテーテルのサイズは「気管カニューレの内径の1/2以下」のものを選ぶ
・SpO2値が急激に低下しそうな場合は、吸引前にアンビューバックで酸素化を促してから行う
気管内吸引の具体的な方法・カニューレ交換・緊急時対応については、主治医または訪問看護師から個別に指導を受けたうえで行うことが必須です。
デイサービスとの連携で日々のケアを安心に

参照:photoAC
在宅での吸引ケアを継続していくうえで、放課後等デイサービスや医療型児童発達支援との連携は大きな力になります。
デイサービスでは、看護師が配置されている施設を中心に、吸引を含む医療的ケアに対応できる体制を整えているところもあります。
「在宅ではできているが、デイでもお願いできるか」という相談を受けることも多く、事前の情報共有が連携のカギになります。
家庭でのケアの方法・頻度・使用しているカテーテルのサイズ・緊急時の対応方針などを、担当のスタッフや看護師と共有しておくことで、お子さんが複数の場所で安全に過ごせる環境を整えることができます。
また、吸引のやり方で不安がある場合や、「最近痰の量が増えた」「ケアの方法を見直したい」というときは、デイの看護師や訪問看護師に相談することをおすすめします。
一人で抱え込まず、チームで支える体制をつくっていきましょう。
吸引器の購入方法について、使える制度と申請の流れ

参照:イラストAC
在宅でお子さんの吸引ケアを続けるには、自宅に吸引器を用意する必要があります。
吸引器は医療機器のため安価ではありませんが、お子さん向けの公的な給付制度を活用することで、費用負担を大幅に軽減できます。
購入手続きを始める前に、まずは使える制度と流れを確認しましょう。
日常生活用具給付事業(電気式たん吸引器)
障害のあるお子さんが自宅で療養生活を送るために、最もよく活用される制度が障害者総合支援法に基づく「日常生活用具給付事業」です。
電気式たん吸引器は「在宅療養等支援用具」として位置づけられており、対象者に該当する場合は、自治体から購入費用の給付(助成)を受けることができます。
対象となるお子さんの目安
・身体障害者手帳または療育手帳をお持ちのお子さん
・障害者総合支援法の対象となる難病のお子さん
・小児慢性特定疾病医療受給者証をお持ちのお子さん(自治体によって対象)
まだ小さく、手帳の交付年齢に達していないお子さんや、申請中のお子さんであっても、主治医の診断書や意見書によって対象と認められるケースが多々あります。
まずはお住まいの市区町村の窓口へ相談してみましょう。
費用負担(親御さんの自己負担)
自己負担は原則1割です。
世帯の所得(※主に保護者の方の所得)に応じて1か月あたりの負担上限額が設定されているため、実際の負担は少額で済むケースがほとんどです。
なお、生活保護世帯や市区町村民税非課税世帯の場合、自己負担が無料(0円)となる自治体もあります。
※給付の上限額や自己負担額のルールは自治体や所得によって異なります。
必ず事前に確認しておいてください。
申請から購入までの流れ

参照:photoAC
日常生活用具の給付は、「必ず購入する前」に申請手続きを行う必要があります。
順番の間違いがあると自費になってしまうため、以下の手順をしっかり守りましょう。
申請の手順
1.窓口への相談・申請
お住まいの市区町村の「障害福祉課」や「子ども家庭課」などの窓口に相談し、申請書を提出します。
【必要なもの】
申請書、お子さんの身体障害者手帳または療育手帳(または小児慢性特定疾病の受給者証)、印鑑など。
※自治体やお子さんの状況によっては、主治医が記入する「意見書(申立書)」の提出を求められます。
2.決定通知書・給付券の受け取り
申請が認められると、自宅に自治体から「日常生活用具給付決定通知書」と「日常生活用具給付券」が届きます。
3.業者へ提示・用具の受け取り
指定の業者(医療機器販売店など)に届いた「給付券」を提示し、自己負担分(原則1割、または上限額まで)を支払ってお子さん用の吸引器を受け取ります。
公費負担分(残りの9割など)は、業者が自治体に直接請求する仕組み(代理受領方式)が一般的です。
購入前に保護者が確認しておきたいこと
絶対に「先に買って」はいけない
給付事業は、「申請して支給決定を受けた後に用具を取得する」のが鉄則です。
早く使いたいからと先に自費で購入してしまうと、後から払い戻しを受けることはできません。
自治体ごとにルールが異なる
給付の上限額や対象となる機種、自己負担の計算方法はお住まいの市区町村によって大きく異なります。
「お友達の地域ではこうだったから」が通用しないことも多いため、必ず自分の地域の窓口に直接確認しましょう。
主治医や相談支援専門員を頼る
お子さんのお口や鼻の特性にどの機種(お出かけ用、据え置き用など)が合っているかは主治医や訪問看護師に、手続きの進め方やアドバイスは相談支援専門員に相談すると、スムーズに整理できます。
手続きに不安がある場合は、担当の相談支援専門員または大阪府医療的ケア児支援センターに相談することもできます。
まとめ

参照:photoAC
重症心身障害児の吸引ケアは、呼吸を守り、誤嚥性肺炎などのリスクを防ぐために欠かせない日常的なケアです。
主治医・訪問看護師から個別に指導を受け、正しいタイミング・正しい方法で行うことが、お子さんへの負担を最小限に抑えながら安全に続けるポイントです。
特に、お子さんのサインを観察する習慣、清潔操作の徹底、吸引時間を短く保つことが基本となります。
在宅でのケアに不安を感じたとき、方法を見直したいときは、訪問看護師や主治医、デイサービスの看護師スタッフなど、専門家の力を積極的に借りてください。
ご家族が無理なく安心してケアを続けられる環境を整えることが、お子さんの安定した在宅生活につながります。
参考文献
公益社団法人岐阜県看護協会「医療的ケアを必要とする子どもの在宅看護マニュアル(第2版)」令和3年3月発行
https://www.pref.gifu.lg.jp/
こども家庭庁「医療的ケア児等とその家族に対する支援施策」 https://www.cfa.go.jp/policies/shougaijishien/care-ji-shien/
厚生労働省「学校における医療的ケア」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000187645_00015.html


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